2025年05月05日
第4回歌碑巡り
4月のとある日曜日、私が講師をしている三線サークルの第4回歌碑巡りを行いました。
この歌碑巡り、1回目は北部の国頭周辺を廻り、2回目は具志川の「浜千鳥」から北上し、金武~恩納~読谷と廻りました。
で、3回目は中部の勝連節やじっそう節を見て、ついでに中城城址周辺を観光し、最後に上り口説の道行きを首里の観音堂~大道(松原)~安里八幡~崇元寺~那覇港の沖の宮跡まで廻ってきました。
そして今回は4回目で、南部編となりました。
当日は雨で、あいにくの天気でしたが、参加者の皆さんと元気に廻ってきました。
あちこち廻ったので、それぞれの歌碑の詳しい説明は省きます。
興味のある方は、ネットにもいろいろ詳しく説明があるので、調べてみてください。
まずは西原町の「梅の香り」の歌碑です。

ちょうど梅の実がなる時期だったようで、周辺の道路に街路樹として植えてある梅の木に実が鈴なりになっていました。


4月26日には、梅の香り関連のイベントがあったみたいですね。
さて、それから少し南下したところに「兄弟小節」の歌碑があります。与那原町の東浜の公園の一角です。

前川先生のお弟子さんたちが建立したようで、その一人にウチの地域の先輩の名前があったのにはビックリしました。
それから少し移動し、「与那原節」の歌碑を見に行きました。

場所は、与那原町与那原の親川広場です。
舞踊「前の浜」の3曲目がこの与那原節ですね。
その後、知念の方に向かい、知名のくらじ広場にある「照喜名朝一先生」の銅像を見に行きました。

雨が降って少し寒かったので、照喜名先生が寒そうで、可哀そうな気持ちになってきました。せめて、屋根でもあればいいのですが・・・。
それから南部を時計回りに具志頭方向に向かいます。
知念岬で休憩をしたのち、昼食を「アジアンハーブレストラン カフェ クルクマ」でいただきました。


僕はカレーを頼みました。グリーンカレーとレッドカレーの組合せだったのですが、これが美味しかったです。でももう少し辛くすればよかったかな?
プレートに一緒に乗っていたチキンも、皮がパリパリでこれまた美味しかったです。
食事も済み、次に向かったのは、知念にある「手水の縁」の歌碑です。

孝行物や忠臣物が多い組踊の中でも、手水の縁は恋愛物語となっており、瀬長島と知念が舞台となっているため、その両方に歌碑があります。後ほど瀬長島も紹介します。
それから具志頭に向かい、「汗水節」の歌碑を見学してきました。

なんと、スイッチを押すと汗水節が流れる「メロディーボックス」が設置されていました。数か月前に来た時にはなかった。と思ったら、この3月に設置されたようです。
現地で歌碑を見ながら曲が聞けるので、とても助かります。
汗水節の後は、糸満に移り「真福地のはいちゃう節」と西崎の「白浜節」の歌碑を見学しました。

こちらが糸満市福地にある「真福地のはいちゃう節」の歌碑で、

こっちが「白浜節」の歌碑です。
「真福地の・・・」の歌碑は、琉球ガラス村の裏の方の公園(広場?)の一角にあり、「白浜節」は西崎の「糸満海のふるさと公園」にあります。
そして最後に、瀬長島にある「手水の縁」の歌碑です。


その後、反省会のために午後5時から居酒屋に集合し、この日の歌碑巡りは終了しました。
どちらかというと、反省会のほうが盛り上がったような気がしないでもないです。(笑)
さあ、これで本島は一通り廻ったのですが、北部の方に行っていない方もいるし、まだ伊野波節なども廻っていないので、今後は年に1回ほど廻ろうかと考えています。
また、組踊や琉球舞踊の鑑賞もやっていくつもりです。
そうやって、皆で沖縄の歌・三線を学んでいけば、ウチのサークルのレベルも少しはアップするんじゃないかと期待しているところです。
せっかくこれだけの歌碑があるのに、見て廻らないともったいないですよね。
・・・「第4回歌碑巡り」・・・でした。
この歌碑巡り、1回目は北部の国頭周辺を廻り、2回目は具志川の「浜千鳥」から北上し、金武~恩納~読谷と廻りました。
で、3回目は中部の勝連節やじっそう節を見て、ついでに中城城址周辺を観光し、最後に上り口説の道行きを首里の観音堂~大道(松原)~安里八幡~崇元寺~那覇港の沖の宮跡まで廻ってきました。
そして今回は4回目で、南部編となりました。
当日は雨で、あいにくの天気でしたが、参加者の皆さんと元気に廻ってきました。
あちこち廻ったので、それぞれの歌碑の詳しい説明は省きます。
興味のある方は、ネットにもいろいろ詳しく説明があるので、調べてみてください。
まずは西原町の「梅の香り」の歌碑です。

ちょうど梅の実がなる時期だったようで、周辺の道路に街路樹として植えてある梅の木に実が鈴なりになっていました。


4月26日には、梅の香り関連のイベントがあったみたいですね。
さて、それから少し南下したところに「兄弟小節」の歌碑があります。与那原町の東浜の公園の一角です。

前川先生のお弟子さんたちが建立したようで、その一人にウチの地域の先輩の名前があったのにはビックリしました。
それから少し移動し、「与那原節」の歌碑を見に行きました。

場所は、与那原町与那原の親川広場です。
舞踊「前の浜」の3曲目がこの与那原節ですね。
その後、知念の方に向かい、知名のくらじ広場にある「照喜名朝一先生」の銅像を見に行きました。

雨が降って少し寒かったので、照喜名先生が寒そうで、可哀そうな気持ちになってきました。せめて、屋根でもあればいいのですが・・・。
それから南部を時計回りに具志頭方向に向かいます。
知念岬で休憩をしたのち、昼食を「アジアンハーブレストラン カフェ クルクマ」でいただきました。


僕はカレーを頼みました。グリーンカレーとレッドカレーの組合せだったのですが、これが美味しかったです。でももう少し辛くすればよかったかな?
プレートに一緒に乗っていたチキンも、皮がパリパリでこれまた美味しかったです。
食事も済み、次に向かったのは、知念にある「手水の縁」の歌碑です。

孝行物や忠臣物が多い組踊の中でも、手水の縁は恋愛物語となっており、瀬長島と知念が舞台となっているため、その両方に歌碑があります。後ほど瀬長島も紹介します。
それから具志頭に向かい、「汗水節」の歌碑を見学してきました。

なんと、スイッチを押すと汗水節が流れる「メロディーボックス」が設置されていました。数か月前に来た時にはなかった。と思ったら、この3月に設置されたようです。
現地で歌碑を見ながら曲が聞けるので、とても助かります。
汗水節の後は、糸満に移り「真福地のはいちゃう節」と西崎の「白浜節」の歌碑を見学しました。

こちらが糸満市福地にある「真福地のはいちゃう節」の歌碑で、

こっちが「白浜節」の歌碑です。
「真福地の・・・」の歌碑は、琉球ガラス村の裏の方の公園(広場?)の一角にあり、「白浜節」は西崎の「糸満海のふるさと公園」にあります。
そして最後に、瀬長島にある「手水の縁」の歌碑です。


その後、反省会のために午後5時から居酒屋に集合し、この日の歌碑巡りは終了しました。
どちらかというと、反省会のほうが盛り上がったような気がしないでもないです。(笑)
さあ、これで本島は一通り廻ったのですが、北部の方に行っていない方もいるし、まだ伊野波節なども廻っていないので、今後は年に1回ほど廻ろうかと考えています。
また、組踊や琉球舞踊の鑑賞もやっていくつもりです。
そうやって、皆で沖縄の歌・三線を学んでいけば、ウチのサークルのレベルも少しはアップするんじゃないかと期待しているところです。
せっかくこれだけの歌碑があるのに、見て廻らないともったいないですよね。
・・・「第4回歌碑巡り」・・・でした。
2025年04月21日
アメリカの人が三線を・・
ボクのブログを見てくれている方々、いつもありがとうございます。
不定期ですが、細々と続けていますので、引き続きよろしくお願いします。
さて、数日前の琉球新報に、気になる記事が載ってました。

アメリカの方が沖縄の文化に興味を持って、歌・三線を学ぶなんて、素晴らしいことだと思います。
この記事に載っている、金城先生の研究所は、他にも外国籍の方が数人通っているようです。
考えたら、我が安冨祖流は、ハワイやロスにも支部があります。
県系の方だけじゃなく、生粋のアメリカ人もいます。
また、野村流にはロンドンで歌・三線を学んでいる方がいると聞きます。
沖縄の歌・三線も、他国の方に受け入れられて、なかなか国際的になっているようです。
歌・三線を学んでいる者として、嬉しく思います。
このように、言葉の壁を乗り越えて頑張っている人もいるので、「更に稽古に励まないといけない。」という気持ちになってきます。
頑張っていきましょう。
・・・「アメリカの人が三線を・・」・・・でした。
不定期ですが、細々と続けていますので、引き続きよろしくお願いします。
さて、数日前の琉球新報に、気になる記事が載ってました。

アメリカの方が沖縄の文化に興味を持って、歌・三線を学ぶなんて、素晴らしいことだと思います。
この記事に載っている、金城先生の研究所は、他にも外国籍の方が数人通っているようです。
考えたら、我が安冨祖流は、ハワイやロスにも支部があります。
県系の方だけじゃなく、生粋のアメリカ人もいます。
また、野村流にはロンドンで歌・三線を学んでいる方がいると聞きます。
沖縄の歌・三線も、他国の方に受け入れられて、なかなか国際的になっているようです。
歌・三線を学んでいる者として、嬉しく思います。
このように、言葉の壁を乗り越えて頑張っている人もいるので、「更に稽古に励まないといけない。」という気持ちになってきます。
頑張っていきましょう。
・・・「アメリカの人が三線を・・」・・・でした。
2025年04月19日
ナイスな居酒屋
先日、与那原町に用事があって出かけた時のことです。
クルマを運転していて、信号を待っていた時のこと、ふと見ると中々楽しいことが書かれていたので紹介します。

これなんですが、お母さんにしてみれば、家で酒飲みながらグダグダうるさいなら、いっそどこかに預けたいと思うでしょうし、飲み放題付きで2時間1,850円なら、子供を託児所に臨時で預けるより安いかもですね。笑笑
お父さんにしてみても、家で怒られるよりお父さん仲間と愚痴を言いながら飲むのがいいかもです。
結構、家庭円満に役立つかもしれません。
お近くに住んでいる方、また、すでに行ったことのある方、雰囲気はどうなのか教えていただけないでしょうか?笑笑
・・・「ナイスな居酒屋」・・・でした。
クルマを運転していて、信号を待っていた時のこと、ふと見ると中々楽しいことが書かれていたので紹介します。

これなんですが、お母さんにしてみれば、家で酒飲みながらグダグダうるさいなら、いっそどこかに預けたいと思うでしょうし、飲み放題付きで2時間1,850円なら、子供を託児所に臨時で預けるより安いかもですね。笑笑
お父さんにしてみても、家で怒られるよりお父さん仲間と愚痴を言いながら飲むのがいいかもです。
結構、家庭円満に役立つかもしれません。
お近くに住んでいる方、また、すでに行ったことのある方、雰囲気はどうなのか教えていただけないでしょうか?笑笑
・・・「ナイスな居酒屋」・・・でした。
2025年04月19日
レモン
久しぶりのブログの更新です。
今日は、家庭菜園の件です。
家の裏庭に植えたレモン。
植えてからまだ5年しか経っていないのに、なんと、小さな実がついてました。


沖縄では、あちこちの庭にレモンが植えられているので、我が家でも植えたのですが、こんなに早く実がつくとは思っていませんでした。
毎日、実が大きくなっていくのが楽しみです。
収穫したら、何を作るか今から考えないといけないですね。
う〜ん・・・。
どうしよう?
・・・「レモン」でした。・・・
今日は、家庭菜園の件です。
家の裏庭に植えたレモン。
植えてからまだ5年しか経っていないのに、なんと、小さな実がついてました。


沖縄では、あちこちの庭にレモンが植えられているので、我が家でも植えたのですが、こんなに早く実がつくとは思っていませんでした。
毎日、実が大きくなっていくのが楽しみです。
収穫したら、何を作るか今から考えないといけないですね。
う〜ん・・・。
どうしよう?
・・・「レモン」でした。・・・
2025年02月09日
仙台へ〜
久しぶりの投稿です。
実は、令和6年度から三線関連や地元の団体の仕事をやっているため、毎日超多忙なんです。
稽古がない日は、本職が終わって、自宅で毎日夜の11時頃までバタバタとやってます。
書類を作成したりするため、稽古に行けないことも度々あります。
でも、せっかく任されたので、どうにか頑張ってやりたいと思ってます。
そんな地元の関連で、昨日から東北の仙台市に来ています。

ここ数日、沖縄も寒かったのですが、仙台に来たら、沖縄の暖かさが身に染みてわかりました。


さて、明日まではこの寒さの中、あちこち廻らなければいけません。
風邪をひかないように、暖かくしなければ・・・
・・・「仙台へ〜」・・・でした。
実は、令和6年度から三線関連や地元の団体の仕事をやっているため、毎日超多忙なんです。
稽古がない日は、本職が終わって、自宅で毎日夜の11時頃までバタバタとやってます。
書類を作成したりするため、稽古に行けないことも度々あります。
でも、せっかく任されたので、どうにか頑張ってやりたいと思ってます。
そんな地元の関連で、昨日から東北の仙台市に来ています。

ここ数日、沖縄も寒かったのですが、仙台に来たら、沖縄の暖かさが身に染みてわかりました。


さて、明日まではこの寒さの中、あちこち廻らなければいけません。
風邪をひかないように、暖かくしなければ・・・
・・・「仙台へ〜」・・・でした。
Posted by T里之子 at
07:18
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2024年12月03日
今年の沖縄・・・
久しぶりに更新します。
沖縄地方、12月だというのに、まだまだ暑くて大変です。

那覇の天気予報です。最高気温25℃です。
去年が暖冬で、今年は冬らしい冬になる。と、聞いてましたが、どうなっているんだろう。

ハイビスカスもこの通り、綺麗に咲いてます。バックの青い空に白い雲もいい感じですよね? 今が夏ならですが・・・。
日曜日に行われた那覇マラソンも、暑くてランナーは大変だったと思います。
しかし、僕が子供の頃は、冬は寒くて、バアちゃんちに火鉢もありました。アラレも降ったりしてました。
やっぱり地球温暖化なんでしょうか。
それと、今年は台風が直撃しなかったからか、サトウキビが真っ直ぐであまり曲がってません。



長いヤツは、5mくらいあります。
大きなススキみたいですね。
師走なのに、どうなってんだろう?
・・・「今年の沖縄・・・」でした。
沖縄地方、12月だというのに、まだまだ暑くて大変です。

那覇の天気予報です。最高気温25℃です。
去年が暖冬で、今年は冬らしい冬になる。と、聞いてましたが、どうなっているんだろう。

ハイビスカスもこの通り、綺麗に咲いてます。バックの青い空に白い雲もいい感じですよね? 今が夏ならですが・・・。
日曜日に行われた那覇マラソンも、暑くてランナーは大変だったと思います。
しかし、僕が子供の頃は、冬は寒くて、バアちゃんちに火鉢もありました。アラレも降ったりしてました。
やっぱり地球温暖化なんでしょうか。
それと、今年は台風が直撃しなかったからか、サトウキビが真っ直ぐであまり曲がってません。



長いヤツは、5mくらいあります。
大きなススキみたいですね。
師走なのに、どうなってんだろう?
・・・「今年の沖縄・・・」でした。
2024年11月10日
秋の演奏会
今日は、豊見城市社会福祉センターで、私が所属する「琉球古典音楽 安冨祖流絃声会」の令和6年度 秋の演奏会が行われました。





例年、この時期に行われるのですが、今年は12月の鑑賞会の稽古を兼ねて行われました。

皆さん、ずっと稽古を続けてきているので、いい感じで演奏できてます。
あとは、唄も三線も息を合わせるようにすれば、バッチリです。
担当している企画進行部が苦労していますが、そのおかげでいい感じで仕上がってきています。
公演まであと一月半、力を合わせて頑張りましょう。
・・・「秋の演奏会」・・・でした。





例年、この時期に行われるのですが、今年は12月の鑑賞会の稽古を兼ねて行われました。

皆さん、ずっと稽古を続けてきているので、いい感じで演奏できてます。
あとは、唄も三線も息を合わせるようにすれば、バッチリです。
担当している企画進行部が苦労していますが、そのおかげでいい感じで仕上がってきています。
公演まであと一月半、力を合わせて頑張りましょう。
・・・「秋の演奏会」・・・でした。
2024年08月21日
安冨祖流絃聲会 第38回鑑賞会
私が所属する安冨祖流絃聲会の鑑賞会が、令和6年12月15日(日) 17:30~ 「国立劇場おきなわ(大劇場)」で行われます。

演目は、
一部
1.幕開け斉唱 「かぎやで風節・御縁節・辺野喜節」
2.組踊 「手水の縁」 ~出逢いの場・忍びの場~
3.舞踊 「加那ヨー天川」
二部
4.中幕開け 「安波節・四季口説・ゆらてく節」
5.舞踊 「諸鈍」
6.舞踊 「若衆揚口説」
7.舞踊 「繁昌節」
8.舞踊 「あやぐ」
となっています。
あれこれと趣向を凝らした演目を準備しておりますので、このブログをご覧の皆さん、ぜひご来場ください。
近くなったら、再度ブログにアップしますので、よろしくお願いします。
・・・「安冨祖流絃聲会 第38回鑑賞会」・・・でした。

演目は、
一部
1.幕開け斉唱 「かぎやで風節・御縁節・辺野喜節」
2.組踊 「手水の縁」 ~出逢いの場・忍びの場~
3.舞踊 「加那ヨー天川」
二部
4.中幕開け 「安波節・四季口説・ゆらてく節」
5.舞踊 「諸鈍」
6.舞踊 「若衆揚口説」
7.舞踊 「繁昌節」
8.舞踊 「あやぐ」
となっています。
あれこれと趣向を凝らした演目を準備しておりますので、このブログをご覧の皆さん、ぜひご来場ください。
近くなったら、再度ブログにアップしますので、よろしくお願いします。
・・・「安冨祖流絃聲会 第38回鑑賞会」・・・でした。
2024年08月19日
台風9号
沖縄地方、久しぶりに台風が近づいています。

今日の昼も雨が降ったり止んだり、安定しない天気でした。

しかし、内地だと台風が来ると雨や風で災害がひどくなりますが、沖縄は雨が降ってもすぐに海に流れていくので、水害にはなりませんし、風による被害もあまりありません。
むしろ、台風が来ると海水が掻き回されるのか、海水温が下がったりします。
今年は、台風がこなかったので、海水温が上り、珊瑚が白化していると、琉球新報や沖縄タイムスでも報道されていました。
ですから、たまには台風が来た方が良い。と言う方もいたりします。
ところ変われば・・ですね。
ウチの家も昨日までお盆で、夕方にウークイをやって終わりました。
この台風は、ウークイが終わるのを待っていたかのようでした。
これで少しは涼しくなるかな。
・・・「台風9号」・・・でした。

今日の昼も雨が降ったり止んだり、安定しない天気でした。

しかし、内地だと台風が来ると雨や風で災害がひどくなりますが、沖縄は雨が降ってもすぐに海に流れていくので、水害にはなりませんし、風による被害もあまりありません。
むしろ、台風が来ると海水が掻き回されるのか、海水温が下がったりします。
今年は、台風がこなかったので、海水温が上り、珊瑚が白化していると、琉球新報や沖縄タイムスでも報道されていました。
ですから、たまには台風が来た方が良い。と言う方もいたりします。
ところ変われば・・ですね。
ウチの家も昨日までお盆で、夕方にウークイをやって終わりました。
この台風は、ウークイが終わるのを待っていたかのようでした。
これで少しは涼しくなるかな。
・・・「台風9号」・・・でした。
2024年08月11日
コストコ沖縄 南城倉庫
8月24日、沖縄県南城市に「コストコ沖縄 南城倉庫」がオープンします。



こう言っては悪いのですが、沖縄でも南城市は結構な田舎です。
交通の便とかどうなんだろう?と、思っていたのですが、いやいや結構な人出でした。
外人さんの姿も多く見られました。
今後、高速道路を北南風原ICから引いてくるそうですが、そうなるともっと人出が増えそうです。
それにしても、受付の人が多いのにはびっくりしました。
娘がネットで受付してくれていたので、私たちはすんなりと受付できました。


中に入ると倉庫みたいな建物で、見てみるとすでに商品が置かれています。
見える範囲では、大きなテディベアとかもありますし、見て回るのも楽しそうです。
8月24日のオープンが楽しみです。
・・・「コストコ沖縄 南城倉庫」・・・でした。



こう言っては悪いのですが、沖縄でも南城市は結構な田舎です。
交通の便とかどうなんだろう?と、思っていたのですが、いやいや結構な人出でした。
外人さんの姿も多く見られました。
今後、高速道路を北南風原ICから引いてくるそうですが、そうなるともっと人出が増えそうです。
それにしても、受付の人が多いのにはびっくりしました。
娘がネットで受付してくれていたので、私たちはすんなりと受付できました。


中に入ると倉庫みたいな建物で、見てみるとすでに商品が置かれています。
見える範囲では、大きなテディベアとかもありますし、見て回るのも楽しそうです。
8月24日のオープンが楽しみです。
・・・「コストコ沖縄 南城倉庫」・・・でした。
2024年08月10日
「いとまーる」でエイサー
今日は、朝から三線関連の用事がてんこ盛りで、朝9時から昼まで打ち合わせ、昼から琉球筝曲「興陽会」の公演のリハーサル、夕方はエイサーの地謡でした。
エイサーは、知り合いがやっている「マチカジエイサー」という団体です。
今日は、糸満市にある「いとまーる」という市場で夏祭りがあり、それに出演してきました。



久しぶりのエイサーの地謡でしたが、ノリノリで楽しいステージになりました。
なにしろ「マチカジエイサー」のメンバーが、いい調子で演舞を披露するので、お客さんも一気に引き込まれていった感じでした。



こういった催し物に出るのも、たまにはいいですね。
午前中の会議や昼からのリハーサルで結構疲れていたのですが、演りだすと楽しいものです。
この夏まつり、お客さんも最後のカチャーシーまで楽しんでおり、賑わっていたので大成功だと思います。
さて、明日は墓の掃除をしてお盆の準備です。
来週も頑張っていきましょう。
・・・「いとまーる」でエイサー・・・でした。
エイサーは、知り合いがやっている「マチカジエイサー」という団体です。
今日は、糸満市にある「いとまーる」という市場で夏祭りがあり、それに出演してきました。



久しぶりのエイサーの地謡でしたが、ノリノリで楽しいステージになりました。
なにしろ「マチカジエイサー」のメンバーが、いい調子で演舞を披露するので、お客さんも一気に引き込まれていった感じでした。



こういった催し物に出るのも、たまにはいいですね。
午前中の会議や昼からのリハーサルで結構疲れていたのですが、演りだすと楽しいものです。
この夏まつり、お客さんも最後のカチャーシーまで楽しんでおり、賑わっていたので大成功だと思います。
さて、明日は墓の掃除をしてお盆の準備です。
来週も頑張っていきましょう。
・・・「いとまーる」でエイサー・・・でした。
2024年08月02日
東シナ海にしずむ夕陽
久しぶりに我が家の屋上で夕陽を撮影してみました。

ちょうど19時頃なんですが、この時間に見る西側の風景が気持ちよくていいんですよね。
夕陽がゆっくりと沈んでいき、マッタリとした感覚になります。

今日は、夕方から1時間ほどバイクで南部地区を流して、その後シャワーを浴びて屋上でマッタリ・・・。
というコースでした。(笑)

最近、健康上の理由もあってあまり酒を飲んでなかったんですが、今日は気持ちがいいので少しだけ飲んでみます。

太陽の横にビルがあり、その右に小さく山のような島が見えます。これは渡名喜島です。久しぶりに見えました。

陽の沈みかけたこの写真のほうがわかりやすいでしょうか?
忙しい毎日を送っていると、なかなか余裕が無くて屋上で夕陽を見ることも少ないのですが、たまには、こうしてゆっくりと夕陽を見ながらビールを飲むのも良いんです。
なんかわかりませんが、癒されるんです。
この4月以降、仕事もそうですが、三線関連の活動もなかなか忙しく、余裕がない日々が続いてました。
でも最近、慣れてきたのか少し余裕ができるようになりました。
こういったときに色々と見つめ直すのって大事だと思います。
やっぱり、人生少しは心に余裕を持った方がいですね。
さて、明日も頑張っていきましょう!
・・・「東シナ海に沈む夕陽」・・・でした。

ちょうど19時頃なんですが、この時間に見る西側の風景が気持ちよくていいんですよね。
夕陽がゆっくりと沈んでいき、マッタリとした感覚になります。

今日は、夕方から1時間ほどバイクで南部地区を流して、その後シャワーを浴びて屋上でマッタリ・・・。
というコースでした。(笑)

最近、健康上の理由もあってあまり酒を飲んでなかったんですが、今日は気持ちがいいので少しだけ飲んでみます。

太陽の横にビルがあり、その右に小さく山のような島が見えます。これは渡名喜島です。久しぶりに見えました。

陽の沈みかけたこの写真のほうがわかりやすいでしょうか?
忙しい毎日を送っていると、なかなか余裕が無くて屋上で夕陽を見ることも少ないのですが、たまには、こうしてゆっくりと夕陽を見ながらビールを飲むのも良いんです。
なんかわかりませんが、癒されるんです。
この4月以降、仕事もそうですが、三線関連の活動もなかなか忙しく、余裕がない日々が続いてました。
でも最近、慣れてきたのか少し余裕ができるようになりました。
こういったときに色々と見つめ直すのって大事だと思います。
やっぱり、人生少しは心に余裕を持った方がいですね。
さて、明日も頑張っていきましょう!
・・・「東シナ海に沈む夕陽」・・・でした。
2024年07月30日
具志三線同好会 第3回歌碑巡り
先日、私が講師をしている三線サークルの第3回の歌碑巡りを行ったので、紹介してみます。
このサークルは、私が住んでいる具志自治会のサークルで、上はご年配の方から、下は30歳くらいの方まで、具志地域に住んでいる方々で構成されています。
今回の歌碑巡りは3回目ということで、北中城村から南の地域を廻りました。
まずは、勝連節? 和仁屋間門の琉歌の歌碑です。

渡口から泡瀬方面に向かっていくと多目的広場があり、そこの一角に建てられています。
わかりにくいので、なかなか気づかないんですよね。
そして、じっそう節の歌碑です。


これも、いつもは通り過ぎていくような場所にあるんですよね。もったいないですよね。
さて午前中、時間があったので、昼食までの間に中城の中村家を見学してきました。


久しぶりに来ましたが、昔の家でこれだけ大きいとすごいと感じます。
ウチのメンバーの一人の方は、子供の頃のお正月に、この家に来たことがあるそうです。その頃は普通に暮らしていたそうです。

当日は暑かったので、車から出ずにビールでのどを潤していた強者も2名ほどいました。
さて昼食ですが、北中城村喜舎場にある、景色の良い「レインボーテラス」さんにお世話になりました。


もちろんここでも、ドライバー以外は、まずはビールでエネルギーチャージです。その後、ハンバーグステーキをいただきました。

この店は、バーベキューもやっているらしく、夕方なら夕日がきれいでしょうから、それを見ながらバーベキューというのも最高だと思います。
昼食後は首里城に向かい、そこから「上り口説」の行程を車で説明しながら進みます。
できれば歩いていきたいのですが、暑いのと、那覇市内では車が止められないので、どうしてもマイクロバスを停められるところだけになってしまいます。
最初の「観音堂」と「沖の宮跡」だけはどうにか停められました。

これが観音堂で、


こちらが「沖の側まで親子兄弟~」の沖の宮跡です。
このサークルでの歌碑巡りについては、毎回パンフレットを作成して皆さんに配布しています。
今回のパンフレットを添付しますので、詳しいことはそちらを見ていただければわかると思います。







以上が「上り口説」の沖縄での行程です。
この後、海路鹿児島まで行って、「~富士に見まごう桜島」で終わりますよね。
沖縄の音楽をやっている方は、ぜひ一度訪ねてみてください。
できれば涼しい時期に歩いて行った方が楽しいと思います。
さて、このような歌碑巡りを計画して、色々と勉強しているのですが、一番の楽しみはやはり、

最後の打上げのようです。(笑)
親睦と本日の研修の成果確認を兼ねて毎回行っています。
こういったサークルでの研修や親睦会も楽しいですね。癒されます。
さて、次回は南部編です。
少し涼しくなってからです。
多分3月頃かな?
・・・「具志三線同好会 第3回歌碑巡り」・・・でした。
このサークルは、私が住んでいる具志自治会のサークルで、上はご年配の方から、下は30歳くらいの方まで、具志地域に住んでいる方々で構成されています。
今回の歌碑巡りは3回目ということで、北中城村から南の地域を廻りました。
まずは、勝連節? 和仁屋間門の琉歌の歌碑です。

渡口から泡瀬方面に向かっていくと多目的広場があり、そこの一角に建てられています。
わかりにくいので、なかなか気づかないんですよね。
そして、じっそう節の歌碑です。


これも、いつもは通り過ぎていくような場所にあるんですよね。もったいないですよね。
さて午前中、時間があったので、昼食までの間に中城の中村家を見学してきました。


久しぶりに来ましたが、昔の家でこれだけ大きいとすごいと感じます。
ウチのメンバーの一人の方は、子供の頃のお正月に、この家に来たことがあるそうです。その頃は普通に暮らしていたそうです。

当日は暑かったので、車から出ずにビールでのどを潤していた強者も2名ほどいました。
さて昼食ですが、北中城村喜舎場にある、景色の良い「レインボーテラス」さんにお世話になりました。


もちろんここでも、ドライバー以外は、まずはビールでエネルギーチャージです。その後、ハンバーグステーキをいただきました。

この店は、バーベキューもやっているらしく、夕方なら夕日がきれいでしょうから、それを見ながらバーベキューというのも最高だと思います。
昼食後は首里城に向かい、そこから「上り口説」の行程を車で説明しながら進みます。
できれば歩いていきたいのですが、暑いのと、那覇市内では車が止められないので、どうしてもマイクロバスを停められるところだけになってしまいます。
最初の「観音堂」と「沖の宮跡」だけはどうにか停められました。

これが観音堂で、


こちらが「沖の側まで親子兄弟~」の沖の宮跡です。
このサークルでの歌碑巡りについては、毎回パンフレットを作成して皆さんに配布しています。
今回のパンフレットを添付しますので、詳しいことはそちらを見ていただければわかると思います。







以上が「上り口説」の沖縄での行程です。
この後、海路鹿児島まで行って、「~富士に見まごう桜島」で終わりますよね。
沖縄の音楽をやっている方は、ぜひ一度訪ねてみてください。
できれば涼しい時期に歩いて行った方が楽しいと思います。
さて、このような歌碑巡りを計画して、色々と勉強しているのですが、一番の楽しみはやはり、

最後の打上げのようです。(笑)
親睦と本日の研修の成果確認を兼ねて毎回行っています。
こういったサークルでの研修や親睦会も楽しいですね。癒されます。
さて、次回は南部編です。
少し涼しくなってからです。
多分3月頃かな?
・・・「具志三線同好会 第3回歌碑巡り」・・・でした。
2024年07月28日
組踊保存会
私が学ばせていただいている琉球古典音楽ですが、沖縄では、その古典音楽を使った「琉球舞踊」や「組踊」があります。
https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/youkoso/youkoso_015.html
その中で、今回は「組踊」について書かせていただきます。
というより、私が参加している「組踊保存会」についてですね。
この組踊保存会の研修が今年度は4月から始まっており、今月で3回目なんですが、ブログで紹介するのを忘れていました。で、今回3回分まとめて紹介します。
まず1回目ですが、浦添市にある「結の街」にて行われました。
1回目は、組踊保存会の歴史等について保存会の「山城 暁」会長が詳しく説明してくださいました。
1719年(尚敬王)の頃に初演があり、その後脈々と引き継がれていき、先の大戦等による存亡の危機を先人の方々が乗り越え、現在はユネスコの無形文化遺産にもなったということを学び、頭が下がる思いになりました。
沖縄の文化は、戦前・戦後を通じて、方言の禁止等をはじめとする政策により、衰退していきました。(現在も衰退していますが・・・)
そんな中、文化を残そうと尽力された方々のおかげにより、組踊が残っているんだと感じました。
そして5月ですが、沖縄三線制作協同組合の「仲嶺 幹」講師による「琉球王朝時代の三線の音色について」という講座でした。
現代と王朝時代の三線を比較して、その違いを説明していただきました。
特に、現代のナイロン弦と、昔の絹弦の違いについては、実演も兼ねていただいたので、その違いがとてもよくわかりました。






この講師の方は、尾張徳川家に残っている琉球楽器を調査しにもいったりしているんだそうです。
制作者の方は、沖縄の楽器を研究しているんですね。頭が下がる思いがします。
さて、今月ですが、「しまくとぅば(中南部)と琉歌」という講座でした。講師は、野村流保存会の池原 憲彦 先生です。
島言葉の定義と現状から始まり、琉球全域の音声表や動詞の活用形、発音の特徴等を分かりやすく説明していただき、また、声門破裂音についても詳しく説明していただきました。それを、私たちが普段歌っている曲で発音を説明していただくところもあったので、大変勉強になりました。
このような講座、沖縄でも滅多に聞けないので、ホントありがたいです。



3回分の講座の説明でしたので長くなりましたが、こういった講座に参加すると、自分の趣味である琉球古典音楽がより一層理解でき、その楽しみが深くなっていくように感じます。
このような講座への参加や歌碑巡りなどをやっていくと沖縄の文化が素晴らしいものだと、改めて気付かされます。
ホント感謝します。
これからも参加し続けて、さらに学んでいきたいと思います。
・・「組踊保存会」・・・でした。
https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/youkoso/youkoso_015.html
その中で、今回は「組踊」について書かせていただきます。
というより、私が参加している「組踊保存会」についてですね。
この組踊保存会の研修が今年度は4月から始まっており、今月で3回目なんですが、ブログで紹介するのを忘れていました。で、今回3回分まとめて紹介します。
まず1回目ですが、浦添市にある「結の街」にて行われました。
1回目は、組踊保存会の歴史等について保存会の「山城 暁」会長が詳しく説明してくださいました。
1719年(尚敬王)の頃に初演があり、その後脈々と引き継がれていき、先の大戦等による存亡の危機を先人の方々が乗り越え、現在はユネスコの無形文化遺産にもなったということを学び、頭が下がる思いになりました。
沖縄の文化は、戦前・戦後を通じて、方言の禁止等をはじめとする政策により、衰退していきました。(現在も衰退していますが・・・)
そんな中、文化を残そうと尽力された方々のおかげにより、組踊が残っているんだと感じました。
そして5月ですが、沖縄三線制作協同組合の「仲嶺 幹」講師による「琉球王朝時代の三線の音色について」という講座でした。
現代と王朝時代の三線を比較して、その違いを説明していただきました。
特に、現代のナイロン弦と、昔の絹弦の違いについては、実演も兼ねていただいたので、その違いがとてもよくわかりました。






この講師の方は、尾張徳川家に残っている琉球楽器を調査しにもいったりしているんだそうです。
制作者の方は、沖縄の楽器を研究しているんですね。頭が下がる思いがします。
さて、今月ですが、「しまくとぅば(中南部)と琉歌」という講座でした。講師は、野村流保存会の池原 憲彦 先生です。
島言葉の定義と現状から始まり、琉球全域の音声表や動詞の活用形、発音の特徴等を分かりやすく説明していただき、また、声門破裂音についても詳しく説明していただきました。それを、私たちが普段歌っている曲で発音を説明していただくところもあったので、大変勉強になりました。
このような講座、沖縄でも滅多に聞けないので、ホントありがたいです。



3回分の講座の説明でしたので長くなりましたが、こういった講座に参加すると、自分の趣味である琉球古典音楽がより一層理解でき、その楽しみが深くなっていくように感じます。
このような講座への参加や歌碑巡りなどをやっていくと沖縄の文化が素晴らしいものだと、改めて気付かされます。
ホント感謝します。
これからも参加し続けて、さらに学んでいきたいと思います。
・・「組踊保存会」・・・でした。
2024年07月22日
歌碑巡り(北部編)
先日、沖縄本島北部へ歌碑巡りに行ってきました。
ウチの研究所に、昨年10月から通ってきているM沢さんという方がいたのですが、この方が東京から単身赴任してきており、7月で定年を迎えて東京に帰るということで、思いで作りに歌碑巡りに行こうとなったんです。で、ウチのK師範と3人で行くことになりました。
まずは、名護市内にある「大兼久節(うふがにくふし)」の碑です。名護市中央通り、沖縄銀行の一角にポツンとあります。
兼久という地名は沖縄のあちこちにありますが、海のそばの砂浜のことらしいです。
名護のこの辺りは昔、大兼久と呼ばれていたそうです。
歌詞は、「名護の大兼久 馬走らちいしょしや 舟はらちいしょしや わ浦泊」で、
歌意は、「名護の大兼久(広々とした砂浜)で馬を走らせるのは壮快であり、舟を走らせて楽しいのが、わが名護浦の泊(湾・入江)である。」だそうです歌にある「いしょしや」とは、嬉しい、楽しい、うきうきする、の意味だそうです。

次に名護市源河にある「平敷節(ふぃしちふし)(源河節(じんかふし))」の碑です。
歌詞は、「源河走川や 潮か湯か水か 源河みやらべたが おすでどころ」です。
歌意は、「源河川は潮であるのか、湯であるのか、水であるのか 源河村の娘たちが水浴びをする場所である。」だそうです。
歌碑の裏には、「源河走川(じんかはいかわ)は、海水と真水がいっしょになって、しかも流れは清らかである。それが水浴するには好適な場所であるから、源河の美女達の水浴場となって有名である。源河川の清らかな流れと、水浴する美童(みやらび・乙女)を賛美したものであろう。」と書かれています。

それから58号線を北上して塩屋を抜け、奥間にある「かぎやで風節」の歌碑を見学しました。

かぎやで風節の歌碑は、民家の庭先にあるので迷惑にならないように、気を付けて見学させていただきます。
歌碑には、「あた果報のつきやす 夢やちやぅも見だぬ かぎやで風のつくり べたとつきやす」と書かれています。
歌意は「大きな果報が得られようとは、夢にも見ないことであった。鍛冶屋でいろいろな物を作ってきたから、そのおかげで果報が身にぴったりとついた」です。
歌碑に刻まれた琉歌が、原歌だそうです。そこには古いいわれがあり、『琉球王国で、琉球を統一した尚巴志の王統を倒しで第二尚氏の王統を開いた尚円王が、まだ金丸を名乗り、出身地の伊是名島を追われて本島に渡ってきて、不遇だった時、この奥間の裏山にあるインツキ屋取(ヤドゥイ)にかくまわれてた。
金丸は国王に就くと、旧恩を忘れず、世話になった奥間鍛冶屋の次男正胤を国頭按司(アジ)に取り立てた。その時、正胤が喜びのあまりに即興で詠んだのがこの琉歌だそうです。』
その後、一気に辺野喜まで行きました。
ここにあるのが「辺野喜節(びぬちふし)」の歌碑ですが、58号線沿いと、集落の中の方との2ヶ所にあります。

これが58号線沿いですが、どうしても写真が横を向いちゃいます。すみません。

こっちが集落の中にあるほうです。
歌詞は、「伊集の木の花や あんきよらさ咲きゆい わぬも伊集やとて 真白咲かな」です。
歌意は、「伊集の木の花は あのように清らかに咲いている 私も伊集(の花)のように(なっていて)真白い花を咲かせたい。」です。
ところで、この歌には、こんなエピソードがあるそうです。
「琉球国王の御側女に中城村伊集出身の色白の美人がおりましたが、王様はこの伊集のアヤーをすごく愛されて、王妃様もほったらかしにされました。
でも、王妃様は御上品な方ですから悋気りんき(焼きもち)などなさらずに、ただ伊集のアヤーの美しさに「私もあやかりたい」という御歌を詠ま
れ御心を安じられました。
その御歌が、この「辺野喜節(びぬちぶし)」になったということです。」
そして、「謝敷節(じゃじちふし)」です。

謝敷は、辺士名と宜名真のほぼ中間に位置する西海岸の小さな集落で、国頭村の他の集落と同様に、海を目前にし、山を背にするようにして形づくられています。
集落内はフクギの豊かな緑葉で囲われ、集落全体が緑陰に満ち漂う清澄な空気に包まれている感じがします。
歌詞は「謝敷板干瀬に 打ちゃい引く波ぬ 謝敷美童ぬ み笑れはぐき」です。
歌意は、「板を敷きつめたような謝敷の海岸に打ち寄せては引き返す波の美しさは、謝敷の乙女が笑っている歯ぐきのようだ。」です。
その波の花が咲いたような美しさに、道を急ぐ旅人の足ををしばし引き止めたそうです。
以上で歌碑巡りは終了です。
ホントは、この後「伊野波節(ぬふぁぶし)」まで行きたかったのですが、途中で寄った古宇利島の海のきれいさに時間を取られてしまい、送別会が控えていたので間に合いませんでした。


この海のきれいさですから、足が止まってついつい時間を取られてしまったんです。
でも、古宇利島も来たことがなかったらしいので、最後に見せてあげて良かったと思います。
伊野波節は、次回沖縄に来た時に案内する予定です。
M沢さん、お疲れ様でした。
東京に帰って落ち着いたら、また古典音楽を始めてみてください。
応援しています。
・・・「歌碑巡り(北部編)」・・・でした。
ウチの研究所に、昨年10月から通ってきているM沢さんという方がいたのですが、この方が東京から単身赴任してきており、7月で定年を迎えて東京に帰るということで、思いで作りに歌碑巡りに行こうとなったんです。で、ウチのK師範と3人で行くことになりました。
まずは、名護市内にある「大兼久節(うふがにくふし)」の碑です。名護市中央通り、沖縄銀行の一角にポツンとあります。
兼久という地名は沖縄のあちこちにありますが、海のそばの砂浜のことらしいです。
名護のこの辺りは昔、大兼久と呼ばれていたそうです。
歌詞は、「名護の大兼久 馬走らちいしょしや 舟はらちいしょしや わ浦泊」で、
歌意は、「名護の大兼久(広々とした砂浜)で馬を走らせるのは壮快であり、舟を走らせて楽しいのが、わが名護浦の泊(湾・入江)である。」だそうです歌にある「いしょしや」とは、嬉しい、楽しい、うきうきする、の意味だそうです。

次に名護市源河にある「平敷節(ふぃしちふし)(源河節(じんかふし))」の碑です。
歌詞は、「源河走川や 潮か湯か水か 源河みやらべたが おすでどころ」です。
歌意は、「源河川は潮であるのか、湯であるのか、水であるのか 源河村の娘たちが水浴びをする場所である。」だそうです。
歌碑の裏には、「源河走川(じんかはいかわ)は、海水と真水がいっしょになって、しかも流れは清らかである。それが水浴するには好適な場所であるから、源河の美女達の水浴場となって有名である。源河川の清らかな流れと、水浴する美童(みやらび・乙女)を賛美したものであろう。」と書かれています。

それから58号線を北上して塩屋を抜け、奥間にある「かぎやで風節」の歌碑を見学しました。

かぎやで風節の歌碑は、民家の庭先にあるので迷惑にならないように、気を付けて見学させていただきます。
歌碑には、「あた果報のつきやす 夢やちやぅも見だぬ かぎやで風のつくり べたとつきやす」と書かれています。
歌意は「大きな果報が得られようとは、夢にも見ないことであった。鍛冶屋でいろいろな物を作ってきたから、そのおかげで果報が身にぴったりとついた」です。
歌碑に刻まれた琉歌が、原歌だそうです。そこには古いいわれがあり、『琉球王国で、琉球を統一した尚巴志の王統を倒しで第二尚氏の王統を開いた尚円王が、まだ金丸を名乗り、出身地の伊是名島を追われて本島に渡ってきて、不遇だった時、この奥間の裏山にあるインツキ屋取(ヤドゥイ)にかくまわれてた。
金丸は国王に就くと、旧恩を忘れず、世話になった奥間鍛冶屋の次男正胤を国頭按司(アジ)に取り立てた。その時、正胤が喜びのあまりに即興で詠んだのがこの琉歌だそうです。』
その後、一気に辺野喜まで行きました。
ここにあるのが「辺野喜節(びぬちふし)」の歌碑ですが、58号線沿いと、集落の中の方との2ヶ所にあります。

これが58号線沿いですが、どうしても写真が横を向いちゃいます。すみません。

こっちが集落の中にあるほうです。
歌詞は、「伊集の木の花や あんきよらさ咲きゆい わぬも伊集やとて 真白咲かな」です。
歌意は、「伊集の木の花は あのように清らかに咲いている 私も伊集(の花)のように(なっていて)真白い花を咲かせたい。」です。
ところで、この歌には、こんなエピソードがあるそうです。
「琉球国王の御側女に中城村伊集出身の色白の美人がおりましたが、王様はこの伊集のアヤーをすごく愛されて、王妃様もほったらかしにされました。
でも、王妃様は御上品な方ですから悋気りんき(焼きもち)などなさらずに、ただ伊集のアヤーの美しさに「私もあやかりたい」という御歌を詠ま
れ御心を安じられました。
その御歌が、この「辺野喜節(びぬちぶし)」になったということです。」
そして、「謝敷節(じゃじちふし)」です。

謝敷は、辺士名と宜名真のほぼ中間に位置する西海岸の小さな集落で、国頭村の他の集落と同様に、海を目前にし、山を背にするようにして形づくられています。
集落内はフクギの豊かな緑葉で囲われ、集落全体が緑陰に満ち漂う清澄な空気に包まれている感じがします。
歌詞は「謝敷板干瀬に 打ちゃい引く波ぬ 謝敷美童ぬ み笑れはぐき」です。
歌意は、「板を敷きつめたような謝敷の海岸に打ち寄せては引き返す波の美しさは、謝敷の乙女が笑っている歯ぐきのようだ。」です。
その波の花が咲いたような美しさに、道を急ぐ旅人の足ををしばし引き止めたそうです。
以上で歌碑巡りは終了です。
ホントは、この後「伊野波節(ぬふぁぶし)」まで行きたかったのですが、途中で寄った古宇利島の海のきれいさに時間を取られてしまい、送別会が控えていたので間に合いませんでした。


この海のきれいさですから、足が止まってついつい時間を取られてしまったんです。
でも、古宇利島も来たことがなかったらしいので、最後に見せてあげて良かったと思います。
伊野波節は、次回沖縄に来た時に案内する予定です。
M沢さん、お疲れ様でした。
東京に帰って落ち着いたら、また古典音楽を始めてみてください。
応援しています。
・・・「歌碑巡り(北部編)」・・・でした。
2024年06月17日
キンキンゴーヤー・・その3
2月に植えたキンキンゴーヤーですが、その後について再度アップしてみます。


ごらんの通り、大きく育ってきています。
サイズがわかるように、スマホケースと比べてみましょう。


太さもあるのですが、長いものは30cmを超えました。
食べてみると、あまり苦味がなく、サラダでいただけます。
それにしても、長さがない物も太さはけっこうあります。
ただ、このところの雨で日照不足なのか、ゴーヤーの葉が元気ないですねー。
まだまだ実をつけてほしいですね。
梅雨明けに期待しましょう。
・・・「キンキンゴーヤー・・その3」・・・でした。


ごらんの通り、大きく育ってきています。
サイズがわかるように、スマホケースと比べてみましょう。


太さもあるのですが、長いものは30cmを超えました。
食べてみると、あまり苦味がなく、サラダでいただけます。
それにしても、長さがない物も太さはけっこうあります。
ただ、このところの雨で日照不足なのか、ゴーヤーの葉が元気ないですねー。
まだまだ実をつけてほしいですね。
梅雨明けに期待しましょう。
・・・「キンキンゴーヤー・・その3」・・・でした。
2024年06月16日
濃霧
本日の那覇市具志ふきん、朝6時に起きてみると、スゴい霧がかかっていました。


いつもは、この先に那覇空港の滑走路と慶良間諸島が見えるんですけど、霧でまったくみえません。
先日も濃霧で那覇空港に飛行機が降りなかったので、今日も大変だろうなー。とか思っていたのですが、全然大丈夫で、日中は晴れ間も見えるくらいでした。
このところ、梅雨の影響で大雨や雷など、ひどい天気が続いたので、少しの晴れ間が気持ちよかったですね。
さあ、来週は梅雨があけて欲しいですね。
・・・「濃霧」・・・でした。


いつもは、この先に那覇空港の滑走路と慶良間諸島が見えるんですけど、霧でまったくみえません。
先日も濃霧で那覇空港に飛行機が降りなかったので、今日も大変だろうなー。とか思っていたのですが、全然大丈夫で、日中は晴れ間も見えるくらいでした。
このところ、梅雨の影響で大雨や雷など、ひどい天気が続いたので、少しの晴れ間が気持ちよかったですね。
さあ、来週は梅雨があけて欲しいですね。
・・・「濃霧」・・・でした。
2024年06月14日
梅雨の大雨
沖縄地方、梅雨終盤の大雨らしく、このところ、連日雨と雷で大変な天気です。
自宅のある那覇市や職場付近でも雨、雷、道路の冠水で、災害が起きるんじゃないかと心配しています。


職場付近の空です。
雲がどんよりしていて、雷がずっと鳴っています。
また、雨雲レーダーのスクショを見ると、今も雨雲がかかってますが、この後午前10時頃になると、

こうなるようです。
また酷く降るんだろうなー。
災害とか何もなければいいんですけどね。
で、最近の大雨でダムの貯水率は、

なんと!
99%になったようです。
少し前まで節水を呼びかけていたのに、この梅雨で溜まりすぎと言うくらいになってます。しばらくは、水の心配はしなくてもいいようですね。
さて、糸満ハーレーも終わったことだし、早く梅雨があけてくれることを願いましょう。
・・・「梅雨の大雨」・・・でした。
自宅のある那覇市や職場付近でも雨、雷、道路の冠水で、災害が起きるんじゃないかと心配しています。


職場付近の空です。
雲がどんよりしていて、雷がずっと鳴っています。
また、雨雲レーダーのスクショを見ると、今も雨雲がかかってますが、この後午前10時頃になると、

こうなるようです。
また酷く降るんだろうなー。
災害とか何もなければいいんですけどね。
で、最近の大雨でダムの貯水率は、

なんと!
99%になったようです。
少し前まで節水を呼びかけていたのに、この梅雨で溜まりすぎと言うくらいになってます。しばらくは、水の心配はしなくてもいいようですね。
さて、糸満ハーレーも終わったことだし、早く梅雨があけてくれることを願いましょう。
・・・「梅雨の大雨」・・・でした。
Posted by T里之子 at
09:42
│Comments(2)
2024年06月13日
残念・・
先日、クルマを運転している時に、あと数キロで「55555キロ」になると気づき、信号待ちで止まったときに写メろうと考えていたのですが、信号待ちになって見ると・・・

なんと!
1キロオーバーしているじゃないですか。
この日は、1日中残念な気持ちで過ごしました。

なんと!
1キロオーバーしているじゃないですか。
この日は、1日中残念な気持ちで過ごしました。
Posted by T里之子 at
11:08
│Comments(4)
2024年05月22日
梅雨入り❗️
沖縄地方、5月21日に梅雨入りしました。
平年より11日遅いそうです。
梅雨入り宣言が出た途端、昨日・今日とスゴい雨が降ってます。
雨雲レーダーを見ると、

沖縄本島全体、雨雲に覆われてます。
最近、ダムの水が減っていたのですが、この調子ならすぐに回復しそうです。
夏の観光シーズンに水がなかったら、海水浴後のシャワーとか制限されたら大変ですからね。
しばらくは、雨を我慢しなければいけないですね。
ただ沖縄の梅雨は、ユッカヌヒー(旧暦5月4日)頃にあける。と言いますので、それまでの辛抱ですかね。
今年は、6月9日がユッカヌヒーなんですが、そうすると梅雨が短いので、それもまた心配ですね。
まあ、どうにか上手くいって欲しいですね。
平年より11日遅いそうです。
梅雨入り宣言が出た途端、昨日・今日とスゴい雨が降ってます。
雨雲レーダーを見ると、

沖縄本島全体、雨雲に覆われてます。
最近、ダムの水が減っていたのですが、この調子ならすぐに回復しそうです。
夏の観光シーズンに水がなかったら、海水浴後のシャワーとか制限されたら大変ですからね。
しばらくは、雨を我慢しなければいけないですね。
ただ沖縄の梅雨は、ユッカヌヒー(旧暦5月4日)頃にあける。と言いますので、それまでの辛抱ですかね。
今年は、6月9日がユッカヌヒーなんですが、そうすると梅雨が短いので、それもまた心配ですね。
まあ、どうにか上手くいって欲しいですね。
Posted by T里之子 at
21:37
│Comments(0)